いずみ通信11 H16・10・26 トップへ(HOMEへ)




<忍者ごっこ>
  先日、小学一年生たちと合同の総勢140名で「忍者ごっこ」をしたときの設定は、いつも幼稚園の子ども達を見守って下さっている山門の仁王様が、遠い所からお呼びがかかり、一時の間、この鷲峯山を留守にする...ということで、その間、しっかりこの山を守れるように、忍者の修行をして、心と身体を鍛えておこう!! ということから始まりました。
はしわたりの術、がけのぼりの術、変身の術etc.を全員、無事にこなし、仁王様を安心させました。
鷲峰忍者からごほうびに秘伝のあめを頂きました。

  そして18日(月)、朝の朝礼後、お寺の山門に行ってみると、な、なんと、仁王様の姿がありませんでした。
先日の修行を思い出し、仁王様が留守の間、しっかりこの山を守る事を、お地蔵様に約束しました。

やくそく
一つ、山に住んでいる生き物の命を大切にします。(虫のお世話をきちんとする)
二つ、花や草も大切にします。(花に水をあげる)
三つ、友達と仲良く遊び、怪我や病気に気をつけます。(小さい子にやさしくする、命を大切にする)
      
  ・ 仁王様は、熊本美術館に11月末まで、展示されています。
  ・ 北九州市の「いのちのたび博物館」にもレプリカがあります。

<木造金剛力士立像>

○ 五十一ー一 木造金剛力士立像(阿形) 一躯
○ 五十一ー二 木造金剛力士立像(吽形) 一躯

北九州市 大興善寺蔵
(阿吽形) 桧材 寄木造 彫眼
(阿形) 像高 247.7cm
(吽形) 像高 243.3cm
鎌倉時代 十四世紀前半
福岡県指定文化財

  北九州市の大興善寺は、寺伝によれば寛元三年(1245)に北条時頼の命により、謡曲「鉢の木」で有名な佐野源左衛門常世を開基として、創建されたという。
現在は曹洞宗であるが、当初は真言律宗西大寺派はである。
奈良・西大寺をはじめ多くの西大寺系の寺に見られるように、当寺にも南北朝時代の清涼寺式釈迦如来像が祀られている。
  金剛力士は、仁王あるいは二王ともよばれ、もともと釈迦如来に従う護衛者であり、非法の者達を破砕する役割をも担う。
元来、独尊であったが、山門の両側に2躯一組で造られるようになった。
中国・唐時代の龍門石窟などでも盛んに造像され、わが国でも奈良・平安時代以降、山門に阿吽の金剛力士を据えることが一般化した。
  本像は、九州にのこる中世以前の金剛力士としては、大分・神角寺の金剛力士像と並び、最大かつ作柄もとくに優れたものである。
桧材の寄木造であり、近年に修復されて、古色仕上げとなっている。
  大分・神角寺の像と比べると、体躯はかなり引き締まり衣褶線の彫り方も流れるようで洗練されている。
量感よりも動きを重視した作柄で、神角寺像とはかなり違っているといえよう。
制作にあたった仏師は、おそらく畿内ゆかりの人物と思われる。
  当寺には、暦応三年(1340)に「幸誉(康誉)」「幸尊」「幸為」らが制作した木造如意輪観音像が祀られている。
本金剛力士像も、それからあまりへだたらぬころに造像されたものであろう。(有木)