いずみ通信4 H16・7・2 トップへ(HOMEへ)




<水がもったいない!>
  真夏を思わせるような強い日差しに、いよいよ梅雨明けを感じるこの頃です。
先週のどしゃぶり雨のお陰で今年の夏も水不足はまぬがれそうです。
この時期は水についての保育を各学年に応じて興味や関心を持たせるように工夫し、科学的な知識も勉強します。
一番のねらいは「限りある水を大切に使いましょう」ということを伝えていきたいと思います。
水道代がもったいない・・・ではなく水がもったいない!!ですよね。

<慌しい日々>
  私事ではありますがこの4月〜7月が一生のうちで一番慌しい日々であったように思います。
4月は5月の住職交代の晋山式の練習や準備で追われる中で4月26日夜、理事長が亡くなり、通夜、密葬、そして5月2日の園長の住職としての一世一代の大儀式、毎回50名以上のお坊さん方が出入りし、そして6月12日の四十九日の準備、本葬とめまぐるしい日々が続き、7月の声を聞く中、後始末が一段落しようとしています。

園長も私も、皆様にお力を貸していただきながら、この日々を過ごせたことに感謝しています。
ありがとうございました。

  ただ私の反省として新学期にあまり子どもたちに関われなかったこと、そしていずみ通信が思うように書けなかったことが何より心残りとなりましたが、7月からはしっかり幼稚園を見ていきたいと思います。
それでも園庭に入ると「いずみ忍者!!おはようでござる」と子どもたちが声をかけてくれるので「よし、頑張ろう」と元気をもらう日々でした。

<“死”を感じて>
  皆さんも身近な大切な方が亡くなった経験があると思います。
以前武田鉄矢のラジオ番組で
「おじいさん、おばあさんは無条件にすごい事を残してくれるから、大切にしないといけない。
それはというものに身をもって教えてくれるからです。」
という話を今回父の死で思い出しました。

  四十九日を過ぎ、改めてこの世からいなくなった父のことを近頃よく想います。
主人の父ですが「いずみさん、いずみさん」と可愛がってもらいました。
毎晩、きつくても杖をついて夕食に来てくれて、孫たちと会話を楽しんでくれていましたが、いよいよ辛いときはただ座ってうなづいたり頭をなでて必ず一人一人に握手して帰っていました。
家の3人の子どもたちはおじいちゃんの柔らかな大きな手が大好きでした。
亡くなる一週間前は食欲もなく家まで来ることはできませんでしたが、いつも「100歳まで生きるよ。」と言っていたおじいちゃんの死を子どもたちは今も信じがたいようです。
自分のベッドの上で眠るように亡くなった、まだ暖かいおじいちゃんの身体をさすりながら、子どもたちは泣き崩れていました。 を身を持って教えてくれたのですね。

  お骨もひろいました。
会話の中でお骨をお墓に納める話のときに息子が「おじいちゃんのお骨は今のまま仏壇でいいのに。お墓に入ったらさみしくなるやん。」と言うのを聞いてそうよねえとつくづく想いました。
葬儀の時、中学生の娘が「おじいちゃんは死なないと思っていたのに。」と言うのを聞いて人の死の影響の大きさ、それから与えられる事の大切さを強く感じました。
人の死が悲しいのは二度と会えなくなるからでしょうね。
私も買い物に行ったとき、つい父の好物をかごに入れ「あっお父さんもういないんだなぁ。」と寂しく思います。